国民栄誉賞の歴代受賞者全28人と1団体一覧!創設の歴史と辞退の真相
日本国内における最高峰の栄誉として知られる「国民栄誉賞」。1977年(昭和52年)の創設以来、人々に感動を与え、社会に明るい希望をもたらした偉大な功績者に対して授与されてきました。ニュースやメディアで耳にする機会が多い一方で、その創設の背景や、これまでにどのような人物や団体が選ばれてきたのか、また辞退に至った歴史的な経緯などについては意外と知られていないことも少なくありません。
本記事では、公式な記録や歴史的背景に基づき、国民栄誉賞の全28人と1団体の歩みを徹底解説します。王貞治選手の誕生秘話や、古関裕而氏の遺族による辞退の真相など、知られざる事実を分かりやすく紐解いていきます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:国民栄誉賞は1977年8月に当時の首相・福田赳夫によって創設され、これまでに28人と1団体が受賞している。
- 要点2:プロ野球選手・王貞治の通算本塁打世界記録更新を控えたことが創設の直接のきっかけとなった。
- 要点3:没後の追贈を巡る議論や遺族による辞退など、歴史的・制度的な葛藤を経ながら現在の運用に至っている。
国民栄誉賞とは?創設の理由と佐藤栄作「内閣総理大臣顕彰」からの系譜
国民栄誉賞は、日本の内閣総理大臣表彰のひとつであり、広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えた顕著な業績を遂げた者に対してその栄誉をたたえるために贈られます。賞は1977年(昭和52年)8月に定められた国民栄誉賞表彰規程に基づいて授与されています。
内閣総理大臣や政権による表彰の歴史を振り返ると、本賞が成立する以前の1966年(昭和41年)に、当時の総理大臣・佐藤栄作が創設した「内閣総理大臣顕彰」が存在していました。しかし、内閣総理大臣顕彰は対象分野が6種に限定されていたため、プロスポーツ選手への適用が極めて困難という制度的な壁がありました。そうした中、プロ野球界で前人未到の通算本塁打の世界記録更新を控えていた選手・王貞治を広く称えるために、当時の内閣総理大臣・福田赳夫が新たな表彰制度として発案し、創設されたのが国民栄誉賞の始まりです。

歴代受賞者全28人と1団体の軌跡:スポーツ・文化・芸能の足跡
国民栄誉賞の受賞者は、スポーツ界、文化・芸能界、将棋界など多岐にわたる分野のパイオニアたちで構成されています。記念すべき第1号となった王貞治氏をはじめ、国民的ヒーローや時代を象徴する偉人たちが名を連ねています。
また、個人だけでなく、2011年(平成23年)のFIFA女子ワールドカップで初優勝を果たした「サッカー日本女子代表(なでしこジャパン)」が団体として唯一受賞しています。これは日本サッカー界の歴史的快挙であると同時に、東日本大震災直後の日本全国に計り知れない勇気と感動を与えた社会的意義が深く評価された結果でした。
【歴史的資料】歴代受賞者・団体の一覧と主な背景
ここでは、国民栄誉賞の制度的変遷や代表的な受賞の背景を整理するため、主なマイルストーンや事例を一覧形式で示します。
| 時期・区分 | 対象者・団体 | 主な授与・辞退の背景 |
|---|---|---|
| 1977年(創設期) | 王 貞治 | 通算本塁打世界記録の達成を控え、国民栄誉賞の第1号として制定・授与される。 |
| 1989年(没後追贈) | 古関 裕而(※遺族が辞退) | 海部俊樹首相から打診されるも、遺族が「亡くなった後に授与する意味があるのか」として辞退。 |
| 2011年(団体受賞) | サッカー日本女子代表(なでしこジャパン) | FIFA女子ワールドカップ優勝。大会を通じて日本国民に勇気と希望を与えたとして団体初の受賞。 |
| 制度全般の歩み | 計28人と1団体(累計) | スポーツ、音楽、文学、将棋、芸能など、多分野の功績者へ授与され現在に至る。 |

古関裕而氏の遺族による辞退の経緯と「没後表彰」を巡る議論
国民栄誉賞の歴史において特筆すべき出来事のひとつが、作曲家・古関裕而氏を巡る辞退の経緯です。1989年(平成元年)の没後、当時の海部俊樹首相から古関の遺族に対して授与の打診が行われました。
しかし、古関の長男である古関正裕氏は、「元気に活動している時ならともかく、亡くなったあとに授与することに意味があるのか」と、没後追贈という形式そのものに疑問を呈し、最終的に遺族としてこれを辞退しました。この出来事は、存命中の功績を称える表彰のあり方や、故人に対する追悼の形について、社会的な議論を呼ぶ契機となりました。
なぜ選ばれるのか?受賞決定のプロセスと社会的影響力
国民栄誉賞の授与は、内閣総理大臣の決裁によって正式に決定されます。候補者の選定にあたっては、国民的な合意や世論の支持、そして社会に与えたインパクトの大きさが総合的に考慮されます。
受賞者が発表されるたびに、その人物が歩んできた努力の軌跡や、時代を動かした背景にスポットライトが当たり、日本国内だけでなく国際的なニュースとしても大きく取り上げられます。単なる個人の栄誉にとどまらず、その時代の社会情勢や人々の価値観を映し出す鏡としての役割も担っていると言えます。

【国民栄誉賞歴代】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:国民栄誉賞の受賞者はこれまでに何人いますか?
A1:公式記録によると、これまでに個人28人と1団体が受賞しています。
Q2:国民栄誉賞を初めて受賞したのは誰ですか?
A2:1977年8月に当時のプロ野球選手・王貞治氏が第1号として受賞しました。
Q3:受賞を辞退したケースは過去にありますか?
A3:1989年に古関裕而氏への授与が打診されましたが、遺族の意向により辞退された事例があります。
まとめ:時代を映す国民栄誉賞の意義と今後の展望
本記事では、国民栄誉賞の創設の歴史から、歴代の受賞者・団体、そして古関裕而氏の遺族による辞退の経緯まで詳しく解説してきました。佐藤栄作政権時の「内閣総理大臣顕彰」から発展し、福田赳夫首相の時代に王貞治氏を称えるために生まれた本賞は、時代ごとに日本社会へ深い感動と勇気を与えてきました。
今後も、スポーツや文化、芸術などの分野で世界的な活躍を見せ、人々に希望をもたらす新たな英雄たちが誕生するたびに、この栄誉の歴史は未来へと受け継がれていくでしょう。 (出典: 国民 栄誉 賞 歴代(Yahoo!ニュース))